2005 プログラム
メンデルスゾーン : オラトリオ「エリア」  Mendelssohn : Oratorio "Elijah"
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出演者プロフィール

小澤征爾
サリー・マシューズ
ナタリー・シュトゥッツマン
アンソニー・ディーン・グリフィー
ジョゼ・ヴァン・ダム
東京オペラシンガーズ

小澤征爾 (指揮)
小澤征爾

1935年、中国のシャンヤン(旧奉天)に生まれた小澤征爾は、幼いころからピアノを学び、成城学園中学校を経て、桐朋学園で齋藤秀雄に指揮を学んだ。

1959年秋、フランスのブザンソンで行われたオーケストラ指揮者国際コンクールで第1位を獲得。当時ボストン響の音楽監督であり、このコンクールの審査員であったシャルル・ミュンシュに翌夏タングルウッドに招かれ、そこで小澤征爾はバークシャー・ミュージック・センターの最高位賞、優秀な学生指揮者に贈られるクーセヴィツキー賞を獲得した。

西ベルリンでヘルベルト・フォン・カラヤンに師事していた小澤征爾は、レナード・バーンスタインの目にとまり、1961/62年のシーズンには、ニューヨーク・フィルの副指揮者を務めた。その後1964年の夏から5年にわたる夏の間、シカゴ交響楽団のラヴィニア・フェスティバルの音楽監督、トロント交響楽団では4シーズンにわたって音楽監督を務めた。タングルウッドで4年間にわたって毎年夏、ボストン響を指揮した後、1968年1月シンフォニー・ホールではじめて同交響楽団を指揮した。1970年タングルウッド音楽祭の芸術監督に就任、その年の12月サンフランシスコ交響楽団の指揮者・音楽監督の地位につき活動を始めた。1973年ボストン交響楽団の第13代音楽監督に就任、1976年春にはサンフランシスコのポストを退いたが、1976/77年のシーズンからサンフランシスコ響の音楽アドヴァイザーの地位についた。

2001/2002シーズンまで、アメリカのオーケストラ史上でも異例の29年という長期にわたってボストン響の音楽監督を務め、アメリカ国内はもとよりオーケストラの評価を国際的に高め、世界最高のオーケストラのひとつとの評価を確立した。

2002年秋には、ウィーン国立歌劇場の音楽監督の役に就いている。それに先駆けて行われた、2002年元日のニューイヤー・コンサートでは、日本人として初めて指揮台に登場、その模様は世界65か国に中継され、各方面から高評を博した。また、異例の速さでリリースされたライブ録音のCDは、歴史的な売上を記録、第16回日本ゴールドディスク大賞クラシック・オブ・ザ・イヤーを受賞したほか、本国オーストリアでもプラチナディスク賞を受賞するなど、社会現象にもなった。2004年10月には、ウィーン国立歌劇場日本公演にて、モーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」「フィガロの結婚」を指揮し、聴衆を沸かせた。

1978年には、中国政府の公式招待により、北京中央楽団と1週間にわたって活動したのをはじめ、1年後の1979年3月にはボストン交響楽団を率いて再度訪中し、演奏活動に加えて、中国音楽人の指導・学習、並びに討論会など、意義深い音楽・文化交流を果たした。

小澤征爾はヨーロッパでの評価と人気も絶大なものがあり、ベルリン・フィルなどのオーケストラを定期的に指揮している。また、ウィーン・フィルとはヨーロッパツアー、日本をはじめアジアツアーもしばしば行っている。オペラの方面でも、国立パリ・オペラ座、ミラノ・スカラ座などに出演し好評を博している。1983年12月には、メシアンの唯一のオペラ「アッシジの聖フランチェスコ」を国立パリ・オペラ座で初演し、センセーショナルな話題をさらった。

日本においては、秋山和慶とともに恩師齋藤秀雄を偲んで1984年に開催した齋藤秀雄メモリアルコンサートを基礎にサイトウ・キネン・オーケストラを設立、1987年より正式に活動を開始。そして1992年より、芸術的念願であった国際的音楽祭“サイトウ・キネン・フェスティバル松本”へと発展させ、それ以来毎年大きな注目を集めている。
特に1998年、99年と2年続けてフランス国立パリ・オペラ座とサイトウ・キネン・フェスティバル松本との共同制作を実現させ、98年にはプーランクのオペラ「カルメル会修道女の対話」を上演、99年11月にはパリ・オペラ座でも上演した。99年には、ロベール・ルパージュ演出によりベルリオーズ「ファウストの劫罰」をオペラ化し話題を呼んだ。1999年12月/2000年1月にはマーラーの交響曲第2番「復活」を取り上げ、松本のほか東京で公演を行い絶賛され、その熱狂はライブ・レコーディングにも収められ、日本レコード・アカデミー賞を受賞した。2004年5月には、サイトウ・キネン・オーケストラとともにヨーロッパ6都市(ヴァレンシア、ベルリン、ウィーン、パリ、ロンドン、ミラノ)にて6公演のツアーを行い、成功を収めた。2004年には、まつもと市民芸術館にて、ペーター・ムスバッハ演出、建築家の安藤忠雄が装置デザインを務めたオペラ、ベルク「ヴォツェック」を上演し、話題を呼んだ。2005年には、まつもと市民芸術館にてシェーンベルク「グレの歌」をセミ・ステージ形式で上演、好評を博した。また同年、モーツァルト「フィガロの結婚」をまつもと市民芸術館館長の串田和美氏の演出で、長野県内の中学生を対象に上演した。

1998年には仏政府よりフランス芸術文化勲章シュヴァリエ章を授与され、2000年には米国ハーバード大学名誉博士号を、また2001年10月にはフランス芸術アカデミー外国人会員に選出され、同年11月には日本で文化功労者に選ばれた。2002年には、オーストリア勲一等十字勲章を授与され、2003年には、毎日芸術賞、サントリー音楽賞を受賞した。2004年3月には、フランス・ソルボンヌ大学(パリ第四大学)より、名誉博士号を授与された。

2000年より、若い音楽家の教育を目的に、小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトを開始。第1回はモーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」、第2回は同「コジ・ファン・トゥッテ」、第3回は同「ドン・ジョヴァンニ」、第4回はJ.シュトラウスII世:喜歌劇「こうもり」、第5回はプッチーニ:歌劇「ラ・ボエーム」、第6回はロッシーニ:歌劇「セビリャの理髪師」を取り上げ、若い音楽家の教育の成果を高く評価された。第6回の2005年には初の中国公演を実施し大好評を博した。その他には、創立時より密接な関係にあり、桂冠名誉指揮者の地位にある新日本フィルハーモニー交響楽団と定期的に活動すると共に、水戸室内管弦楽団顧問として、同管弦楽団を指揮している。2003年4月にはパリ・オペラ座との共同オペラ制作として、ラヴェル「スペインの時」/プッチーニ「ジャンニ・スキッキ」の2本のオペラを横須賀、川口、東京の3か所で上演、好評を博し、2004年3〜4月にも、国立パリ・オペラ座で8回上演された。

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サリー・マシューズ(Soprano)
サリー・マシューズ 1999年にキャスリーン・フェリアー賞を受賞。シンシア・ジョリーおよびジョアンナ・ピーターズに師事し、2000年にギルドホール音楽演劇学校のオペラ・コースを修める。その後、ポール・ファリントンに師事し、2001年から2003までロイヤル・オペラハウスのヴィラー・ヤング・アーティスト・プログラムに参加。

2001年1月にベルナルト・ハイティンク指揮の《ファルスタッフ》(ロイヤル・オペラハウス)のナンネッタでデビュー。ヴィラー・ヤング・アーティスト・プログラムではサイモン・ラトル指揮《パルジファル》の花の乙女や、ハイティンクの「送別ガラ・コンサート」で《フィガロの結婚》2幕のスザンナ、フィリップ・ジョーダン指揮《魔笛》のパミーナ、サー・チャールズ・マッケラス指揮《セメレ》のイリスなどを歌った。続いてベルリン国立歌劇場に《魔笛》のパミーナでデビューし、グラインドボーン音楽祭の新演出オペラ《ジャンニ・スキッキ》(指揮ヴラディーミル・ユロフスキ)でラウレッタも歌っている。

昨シーズンは再びロイヤル・オペラハウスでリチャード・ヒコックス指揮《ポントの王ミトリダーテ》のシファーレを歌ったほか、デイヴィッド・マクヴィカーの新演出《皇帝ティトの慈悲》でイングリッシュ・ナショナル・オペラにデビューしている。バイエルン州立歌劇場にもカヴァッリ《カリスト》の表題役でデビューしており、2006/07シーズンはさらにオランダ歌劇場の新演出《コシ・ファン・トゥッテ》のフィオルディリージ、オーストラリア・オペラハウスの《ルサルカ》、およびバイエルン州立歌劇場が陳銀淑に委嘱した新作《不思議の国のアリス》の表題役を歌う。

コンサートでは、ロンドンを拠点とする4オーケストラや、BBC交響楽団、ハレ管弦楽団、アルスター管弦楽団、ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団などの常連で、ピエール・ブーレーズ、レナード・スラトキン、サー・コリン・デイヴィス、クルト・マズーア、ダニエル・ガッティ、マーク・エルダー、ウォルター・ウェラー、フランツ・ヴェルザー=メスト、イラン・ヴォルコフ、ヨゼフ・スウェンセンなどと共演している。最近では、ザルツブルク聖霊降臨祭音楽祭でアイヴォー・ボルトン指揮のヘンデル《ソロモン》に出演し、ロンドンおよびニューヨークのモーストリー・モーツァルト音楽祭ではそれぞれ《踊れ、喜べ、汝幸いなる魂よ》K.165および《どうしてあなたが忘れられましょう》K.505を歌っている。

昨シーズンはラトル指揮《カルミナ・ブラーナ》でベルリン・フィルハーモニー管弦楽団にもデビューし、この録音は最近EMIからリリースされている。そのほか、ケント・ナガノ指揮ベルリン・ドイツ交響楽団のマーラー《交響曲第8番》(Harmonia Mundi)、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団のマーラー《交響曲第4番》、ポール・マクリーシュ指揮オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団のハイドン《天地創造》にも出演している。ヘンデル&ハイドン協会でボストン・デビューも飾り、ボストン・グローブ紙に「叙情的な美声。ビロードのように滑らかだが情熱的で、全声域が力強く響く。だが声質以上に見事なのが音楽性。よどみないフレージングの気取らぬ歌唱。その声と管楽器が絶妙に溶け合った“この世に肉体を受け…”と、時空が止まるかのような長いカデンツァは圧巻」と評された。

今後は、サー・コリン・デイヴィス指揮ロンドン交響楽団のベートーヴェン《ミサ曲ハ長調》および《フィデリオ》、ラトル指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のマーラー《交響曲第4番》(於コンセルトヘボウ)、フィレンツェ五月音楽祭、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団の《カルミナ・ブラーナ》、エッシェンバッハ指揮パリ管弦楽団のモーツァルト《レクイエム》、マイケル・ティルソン・トーマス指揮ロンドン交響楽団のマーラー《交響曲第2番》および《第4番》などに出演を予定している。

リサイタルも頻繁に行っており、BBCニュー・ジェネレーション・アーティスツ・プログラムにも参加。このほどウィグモア・ホールでナッシュ・アンサンブルとともに、自身のために書かれたマーク=アンソニー・タネジの新作を披露しており、これはレコーディングもされている。また、EMIデビュー・シリーズのためにリサイタルも収録している。

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ナタリー・シュトゥッツマン(Mezzo Soprano)
ナタリー・シュトゥッツマン パリ生まれ。リリック・ソプラノ歌手の母クリスティアーネに声楽を習い、その後パリ・オペラ座音楽院でハンス・ホッターにドイツ・リートを学ぶ。優れたピアニスト、ファゴット奏者、室内楽奏者でもある。

現代最高の歌手の一人と称賛され、シャイー、小澤、ガ―ディナー、ラトル、ドホナーニなどと共演。バロック、古典派、ロマン派の主要作品から20世紀音楽まで幅広いレパートリーを持ち、ドイツ・リートおよびフランス歌曲が特に高く評価されている。1994年以来、スウェーデンのピアニスト、インゲル・ゼーデルグレンと共演・レコーディングを重ねており、パリ、ロンドン、ベルリン、ニューヨーク、アムステルダム、マドリッド、ジュネーヴ、ブリュッセル、ミラノ、日本、アメリカ、南米などでリサイタルを行っている。

ソリストとしてロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団、パリ管弦楽団、ロンドン交響楽団、ボストン交響楽団、クリーヴランド交響楽団、シュターツカペレ・ドレスデン、バイエルン放送交響楽団などとも共演。

レパートリーの大半をRCAでレコーディングしているほか、Erato、フィリップス、EMI、ドイツ・グラモフォン、ソニーなどから60枚以上のアルバムをリリースしている。注目は「シューマン歌曲集」(全5枚)、「ショソン&プーランク歌曲集」(RCA)、小澤指揮「マーラー:交響曲第2番」(ソニー)、ヴィヴァルディ「主が家を建てられるのでなければ」(Hyperion)などで、「Deutsche Schallplatten」評論家賞、ディアパゾン金賞、日本レコード・アカデミー賞、グラミー賞などを受賞している。

2004年9月にゼーデルグレンと組んだシューベルト《冬の旅》をCalliopeからリリースし、世界各地のメディアで絶賛された。2005年秋にはシューベルト《白鳥の歌》(Calliope)もリリースしており、後もゼーデルグレンとのデュオで精力的にレコーディング活動を続ける予定である。最近ではほかに、ヘルベルト・ブロムシュテット指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウスのメンデルスゾーン《エリア》をソニーBMGからリリースしている。

オペラ舞台ではヘンデル《ジュリアス=シーザー》および《ラダミスト》の表題役、グルック《オルフェオとエウリディーチェ》のオルフェオ、ヘンデル《時と悟りの勝利》の「悟り」役、《セルセ》のアマストレのほか、ザルツブルク音楽祭でモーツァルト《幸せの影よ》K.255にも出演している。

世界各地で定期的にマスタークラスを開講。

2005/06年シーズンはブタペストで初めて、イヴァン・フィッシャーの指揮でマーラー《大地の歌》に挑んだ。また、ロッテルダムとオスロでベルリオーズ《夏の夜》(指揮:ミシェル・プラッソン)を歌い、リッカルド・シャイー指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のバッハ《ヨハネ受難曲》にも出演した。毎年恒例のマーラー交響曲/リート・チクルスに今年も出演するほか、今シーズンはフランス、スイス、オランダ、ポルトガルなどでもリサイタルを予定している。

フランス政府より芸術文化勲章(シュヴァリエ)を授与されている。

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アンソニー・ディーン・グリフィー(Tenor)
アンソニー・ディーン・グリフィー アメリカ、ノースカロライナ州出身。美しく叙情的だが力強く雄弁な声と優れた楽才を併せ持ち、世界各地の歌劇団やオーケストラと共演し、絶賛を博している。

これまでにメトロポリタン歌劇場、サンフランシスコ歌劇場、シカゴ・リリック・オペラ、ヒューストン・グランド・オペラ、ニューヨーク・シティ・オペラ、ワシントン・ナショナル・オペラ、サンディエゴ歌劇場、サンタフェ歌劇場、フィレンツェ歌劇場、パリ・オペラ座、グラインドボーン音楽祭など、世界の歌劇場で主要な役を歌っている。

交響・合唱曲のソリストとしても同世代の中で秀でた存在であり、ニューヨーク、ボストン、フィラデルフィア、サンフランシスコ、ロサンゼルス、アトランタ、セントルイス、ミネソタ、シアトル、ピッツバーグ、ヒューストン、デトロイト、ボルティモア、セントポールなどアメリカ各地のオーケストラや、ヨーロッパの主要オーケストラの常連で、国際舞台ではロンドン交響楽団、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、ミュンヘン交響楽団、オスロ・フィルハーモニー管弦楽団、ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル交響楽団、パリ管弦楽団、オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団、NHK交響楽団、モントリオール交響楽団、スペイン放送交響楽団、ハレ管弦楽団などに登場している。

これまでにジェームス・レヴァイン、小澤征爾、アンドレ・プレヴィン、マイケル・ティルソン・トーマス、エサ=ペッカ・サロネン、クルト・マズーア、ドナルド・ラニクルズ、サー・コリン・デイヴィス、クリストフ・エッシェンバッハ、ヴァレリー・ゲルギエフ、エド・デ・ワールト、サー・ネヴィル・マリナー、ジェームス・コンロン、マリス・ヤンソンス、ナエミ・ヤルヴィ、シャルル・デュトワ、ユリウス・ルーデル、ロバート・スパーノ、マーク・ウィグルスワース、アラン・ギルバート、アンドレアス・デルフス、ジェラルド・シュワルツ、マーク・エルダー、ジョン・ネルソンなど多数の一流指揮者と共演している。

受賞・表彰歴も豊富で、2005年版『Musical America』では12人の傑出した歌手の一人に選ばれている。また、TV番組『Breakfast with the Arts』(A&E)にアンドレ・プレヴィンとともに出演し、2004年カーネギー・ホール・デビュー・リサイタルを祝して書かれたプレヴィンの歌曲を披露している。2006年春にはルース・ベイダー・ギsンスバーグ判事の特別招待により、アメリカ最高裁判所でリサイタルを開催。ウィンゲート大学、イーストマン音楽学校、およびジュリアード音楽院で学位を取得している。

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ジョゼ・ヴァン・ダム(Bass-baritone)
ジョゼ・ヴァン・ダム 今日最も人気の高いバス・バリトン歌手の一人で、パリ・オペラ座の「トロイアの人々」でデビューを飾って以来、パリ・オペラ座、コヴェントガーデン歌劇場、ミラノ・スカラ座、ウィーン国立歌劇場、ベルリン・ドイツ・オペラ、メトロポリタン歌劇場、コロン劇場、ザルツブルク・イースター音楽祭、ザルツブルク音楽祭、エクサン・プロヴァンス音楽祭、オランジュ音楽祭、サイトウ・キネン・フェスティバルなど、世界の主要歌劇場や音楽祭の常連となっている。

伝統音楽と現代音楽ともに強い関心を持ち、オペラのレパートリーは「ファルスタッフ」、「シモン・ボッカネグラ」、「ドン・カルロ」(フィリッポII世)、「ドン・ジョヴァンニ」、「ホフマン物語」(4人の悪役)、「ボリス・ゴドノフ」、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」(ハンス・ザックス)、「パルジファル」(アムフォルタス)、「さまよえるオランダ人」(オランダ人)、「サロメ」(ヨハナーン)、「ファウスト」(メフィストフェレス)、「ファウストの劫罰」、「ペレアスとメリザンド」(ゴロー)、「ウィリアム・テル」、「ヴォツェック」、「トスカ」(スカルピア)、「ジャンニ・スキッキ」、「イタリアのトルコ人」(セリム)など。オリヴィエ・メシアン「アッシジの聖フランチェスコ」の世界初演(パリ・オペラ座)では表題役を歌っており、ザルツブルク音楽祭におけるピーター・セラーズの同作プロダクションでも高評を博している。

最近では、ピエール・バルトロメ「道上のエディプ」(ブリュッセル)の世界初演で表題役、2003年4月の小澤征爾オペラ・プロジェクト 2003特別公演(国立パリ・オペラ座共同制作)「スペインの時」「ジャンニ・スキッキ」ジュネーヴ歌劇場およびパリ・バスチーユ座の「ファウストの劫罰」、ルーア・トリエナーレおよびバスチーユ座の「アッシジの聖フランチェスコ」、チューリッヒ歌劇場の「ニュルンベルクのマイスタージンガー」、マドリッド王立劇場の「ドン・パスクワーレ」、バスチーユ座およびメトロポリタン歌劇場の「ペレアスとメリザンド」、バスチーユ座およびマドリッド王立劇場の「死者の家から」、バスチーユ座の「3つのオレンジへの恋」、モネ劇場の「影のない女」などに出演している。

コンサートやオラトリオ、リート歌手としても、バッハ、モーツァルト、ヴェルディ、ブラームス、マーラー、ブルックナー、メンデルスゾーン、プーランクなど幅広いレパートリーで高く評価されている。これまでにカラヤン、アバド、ムーティ、ショルティ、レヴァイン、小澤、マゼール、デイヴィス、プラッソン、デュトワ、パッパーノ、カンブルランなど多数の一流指揮者と共演しており、貴重なレコーディングもリリースしている。

今後は多数のリサイタルや演奏会のほか、モネ劇場の「ボリス・ゴドノフ」および「椿姫」、パリ・バスチーユ座の「ファウストの劫罰」、「ルイーズ」、「椿姫」、サイトウ・キネン・フェスティバルおよびフィレンツェ五月音楽祭の「エリア」などへの出演を予定している。

すでに豊富なディスコグラフィーに加えて、昨シーズンまでにサー・ゲオルク・ショルティ指揮「ニュルンベルクのマイスタージンガー」、グノー「ファウスト」(EMI France)、エネスコ「エディプス王」(EMI France)、クラウディオ・アバド指揮「ペレアスとメリザンド」(ドイツ・グラムフォン)、「ドン・キホーテ」(EMI France)など多数のアルバムをリリースしており、そのすべてが重要な賞を獲得している。

1987年にベルギーのテレビ局(RTBF)が制作した映画『仮面の中のアリア』では主役を演じ、ジョセフ・ロージー監督の映画版『ドン・ジョヴァンニ』でもレポレッロを歌っている。

舞台およびレコーディングにおける卓越した解釈が評価され、ドイツ音楽評論家賞(1974年)、ベルギー・プレス賞金賞(1976年)、Acade´mie Francaise du Disqueグランプリ(1979年)、Acade´mie Lyrique Francaiseの Orphe´e d'Or(1980年)、「アッシジの聖フランチェスコ」(パリ、1985年)の表題役でヨーロッパ評論家賞、ディアパゾン金賞、Prix de la Nouvelle Acade´mie du Disque(1993年)、l'Acade´mie du Disque Lyriqueの Orphe´e d'Or(1994年)などを受賞している。

モントリオール大学より名誉博士号、ベルリン市より「宮廷歌手」の称号、フランス政府より「芸術文化勲章(コマンドゥール)」、また、べルギー国王アルベールII世より男爵の位も授与された。

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東京オペラシンガーズ
東京オペラシンガーズ1992年、小澤征爾指揮、蜷川幸雄演出で話題を呼んだ「さまよえるオランダ人」の公演に際して、世界的水準のコーラスをという小澤氏の要望により、東京を中心に活躍する中堅、若手の声楽家によって組織された。当公演の合唱は圧倒的な成果を上げ、各方面から絶賛を受けた。

「これだけ水準の高い合唱が聴けるとは驚異であった」・・・鴨原真一氏評

その評価により、同年第1回サイトウ・キネン・フェスティバル松本「エディプス王」、バイエルン国立歌劇場日本公演「さまよえるオランダ人」に招かれ、再び高い評価を得た。

翌93年から活動は本格化し、日本の音楽界において特に注目を集める「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」、「東京フィル・オペラコンチェルタンテ・シリーズ」、「びわ湖ホール・プロデュースオペラ」等を活動の中心に置くほか、ベルリン・コーミッシェ歌劇場、キーロフ・フィル(V.ゲルギエフ指揮)、サンクトペテルブルク・フィル、イタリア国立放送交響楽団等の来日公演、第1回神奈川芸術フェスティバル「素戔鳴(スサノオ)」(團伊玖磨)初演等の公演に合唱のみならず、ソリスト、カバーとしても出演、音楽界の活性化に大きく貢献することとなった。98年には長野冬季オリンピック開会式において、世界6カ国を結ぶ第九合唱で、中心となる日本側の演奏を担当した。99年にはヨーロッパの代表的音楽祭の一つであるエディンバラ音楽祭に出演(東急文化村制作「トゥーランドット」)最大級の賞賛を得た。2000年、01年とウィーン・フィル(小澤征爾、S.ラトル指揮)と共演、当団からも高い評価を得た。

サイトウ・キネン・フェスティバル松本には第1回から本年まで連続して出演、毎年確かな音楽的成果を上げている。

「有能なメンバーを集めると、日本一、世界一の合唱団が、今回のようにたちまち出現するのだ。合唱はほんとうにすばらしかった。」
  (第1回「エディプス王」・・・松本勝男氏評)
「何が最も画期的だったかといえば、オペラシンガーズの面々が素晴らしい動きをしたことであろう。おそらく、日本で上演されたオペラ公演で、これほどにコロスが自在に動き、且つ意味のある演技をし、素敵な歌を聞かせたことはなかったのではないか。
  (第4回「道楽者のなりゆき」・・・実相寺昭雄氏評)
「合唱も、今回はとびきりの出来映えではなかったか。後半に入っても乱れを見せないどころか、二重合唱になる「オサンナ」あたりからさらに響きの美しさが増した。」
  (第9回、ミサ曲ロ短調〜バッハ・・・堀内修氏評)
「村民たちの合唱が事実上の主役で迫力万点でしたが、その合唱と粒ぞろいのソリストの間に裂け目がなく、合唱がみなソリストの様であり、ソリストがみな合唱の一員であるかのように感じられたのは、たいしたものでした。」
  (第11回「ピーター・グライムズ」・・・磯山雅氏評)
「東京オペラシンガーズの合唱はいつもながら見事だし、粒の揃った独唱陣と相まって、歌い上げられた至高の音楽によって満場は感動の嵐に包まれた」
  (第11回、交響曲第九番〜ベートーヴェン・・・佐々木喜久氏評)
「東京オペラシンガーズもますます好調で、大勢の男たちが血眼になって家捜しするシーンなど、板についた演技力で楽しませた。」
  (第12回「ファルスタッフ」・・・関根礼子氏評)

東京オペラシンガーズの特長は、第一に圧倒的とも言える豊かな声量にある。メンバー1人1人がソリストとしても活躍しており、純度の高さと、豊かな音量を兼ね備えた「声」の集合体は、類稀な響きを生み出すことを可能としている。
第二に作品に応じて、より相応しいメンバーで編成される点が上げられる。メンバーにはバロックからロマン派オペラ、そして現代曲にいたるまで、それぞれを得意とする者がおり、出演する作品に適した歌い手により、その都度編成される。

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